ライバルか?兄弟か?

1922年に川田忠太郎が川田工業の前身である川田鐵工所を創業。鍛冶職人として約20年間の経験を活かし、野鍛冶として包丁や山林刃物などを主に手がけていました。その後、1952年に橋梁建設業を主体とした川田工業に社名を変更し、1957年から鋼製吊橋の製作から架設までも担うようになり、そして1971年に川田工業の工事部(架設工事部門)より分離独立し、玖洋(くよう)建設として設立されたのが現在の川田建設です。その後、「コンクリート橋」を主事業とする川田建設と「メタル橋」を主事業とする川田工業として、橋の材質こそ異なりますが、同じDNAをもち、同じ橋梁業界を牽引するパートナーとして切磋琢磨してきました。